高速いえしま 姫路-家島を繋ぐ高速船 〜姫路市家島への旅は高速いえしまで〜

【姫路港駐車場】高速いえしま 姫路-家島を繋ぐ高速船
■ 家島を知る ■

瀬戸内海に浮かぶ家島群島は古くから瀬戸内海の海上交通路の拠点として、または潮待ち、風待ちの避難港としても栄えてきました。現在は漁業・採石業・海運業を主産業としていますが、海水浴や、島内探索、海の幸を楽しみながら地元の人々と触れ合える観光としても楽しめます。
「家島」の名前の起源は、2650年前、初代神武天皇が東征の際に嵐に合い、家島に御寄港され、島内に入ると外の嵐と打って変わって波は穏やかで、まるで自分の家にいるように感じられた事から、「家島」と名づけられたそうです。
古事記や日本書紀でも「エノゴロ島」「胞島(エジマ)」という名前でこの小さな島が出てきます。今でも地元の人は家島をエジマと呼んでいるのも歴史の背景が伺えますね。

■ 式内大社家島神社 〜天満霊樹〜■
式内大社家島神社は、上記地図にありますように家島本島の入江の東、天神鼻に位置し、「天神さん」と呼ばれ、昔から島の人々から親しまれています。
この天神の杜「天満霊樹」は家島唯一の原始林が現存しており、シイ、トベラ、ウバメガシ、モチなど温帯照葉樹林の植生を見ることができます。ここに原始林が残っているのは、常に聖地とされ、人の手がほとんど加えられていないからです。
家島神社は、神武天皇が武運長久と海上交通の安全を祈願して天神(アマツカミ)をお祀りした事が始まりとされております。
神社のある山は、神功皇后が戦勝祈願をされた際、全山鳴動したため『ゆるすの山』とも呼ばれています。また「続日本後紀」には、国家鎮護の神として承和7年(840年)官社に列せられたとあります。
菅原道真も平安京から大宰府に左還される際、参拝されたとも伝えられています。その時、詩を書いたとされるその場所は「詩を書き場」と呼ばれています。

■ 家島天神祭り ■
家島の夏祭りと言えば、毎年7月24日25日に行われる『家島天神祭』。家島神社の例祭です。
菅原道真公のゆかりの神社とされる家島神社は、1000年以上の歴史をもち、海の男たちの信仰を集めています。
海上の安全と五穀豊穰を祈願して奉納される神事は25日の昼宮で龍頭の檀尻船(2隻の船を合わせ、絢爛豪華な装飾をほどこし舞台を備えた船)で渡御するものです。
檀尻船の天井は市松模様で彩られ、周りは彫刻を施された欄間で飾られています。のぼりをたてた豪華な船内では、笛や太鼓ではやしが鳴り響き、音頭に合わせて獅子舞が演じられます。

海上を航海する檀尻船は圧巻で、夏のメインイベントとして島の人達はもちろん、多くの観光客で賑わいます。

■ 釣りを楽しむ 〜海の幸〜 ■
家島は瀬戸内の豊かな恵みを受け、磯だけでもポイントが500以上あります。本土からも多くの釣り人がやってきます。
またチヌのビックトーナメントなども開催されるほどです。磯でメバルをやるというのも当たり前で、投げ釣りで屈指のポイントもあります。スズキ狙いの人、アオリイカ狙いの人など様々。
まさに釣り王国です!週末には遊漁船もたくさん出航しております!

地元の人たちも、どこでもかしこでも釣りを楽しんでおります。
地元の人達の交流の場とも言えるでしょう。

■ どんがめっさん ■
むかし、白髪長髯の翁が亀の背に乗って沖で釣りをしていた。
ある日、吉備水道を抜け出して来る大集団の船が播磨灘に向って東進して来るのが見えた。先導を行く船からチンカンドンと囃しているのが聞こえ、その中から翁に、水先案内を頼んできた。
船団をその日のうちに港へ案内した。 里で、船を休め、部下の訓練や、食料の補充をして、数年ののち船団を摂津へ案内した。翁は大手柄を立てたが、亀にも陰の手柄があったことはいうまでもない。
しかし亀は忙しい主人をあとにして難波からひとり引き上げて来た。

亀は、翁の帰りを待ち侘びながらも、長い年月を経て、そのうちに凝り固まって、その場でとうとう石になってしまった。
その里の真浦に、水天宮として祀り「どんがめっさん」と呼ばれるようになった。「播磨の伝説」より

現在は家島の真浦港降りてすぐの所にあります。
主人の帰りを待ち続けた亀が石になったと伝えられるこの岩は、水天宮として地元の信仰を集めています。



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